ハルクホーガンの思い出

あっという間に盛夏ですな。
来週はお盆休みという方も多いかと思います。

最近驚いたニュースと言えば、7月24日に飛び込んできた超人ハルクホーガンの逝去ですね。
急性心筋梗塞ということでした。71歳…。
去年大統領選挙でトランプを応援してTシャツを割くパフォーマンスをして、まだ元気いっぱいなのかと思っていました。

ホーガンは誰もが知るアメリカンプロレスのアイコン。
わたしも子供のころから親しんでいましたが、ホーガンが日本で活躍していた頃は世代ではなく、もっぱら漫画やゲームでホーガンをモチーフとして作られたキャラクターを通してですね。
一番最初に認識したのは小学生のころに読んだ、コミックボンボンに載っていた「やっぱ!アホーガンよ」
とんでもないお下劣漫画で、小学生のわたしは嬉々として読んでいましたが、今であれば絶対に許されないでしょうな…。
おおらかな時代でした。

リアルタイムで活躍に触れたのはWCWに移籍してnWoムーブメントを起こしていた頃ですね。
千葉テレビで放送していた「マンデーナイトロ」で観てました。
リアルタイムと言っても千葉テレビの放送は実際より1年遅れの内容でしたが…。

そこで目にしたホーガンの変わり果てた(?)姿に愕然とします。
ホーガンと言えば黄色いコスチュームに身を包み、「トレーニング、ビタミン、神への祈り」の優等生キャラだったはずが、黒系のコスチュームにサングラス、バンダナ、極めつけには汚いドロボウ髭まで生やしてすっかり悪落ちしてたのです。
奴はファンを裏切ってnWoというヒール集団を創始し、その首魁“ハリウッド”・ハルクホーガンとして団体を牛耳り、毎週悪の限りを尽くしていました。

そんななか一筋の希望の光がッ…
nWoの悪党たちを毎週バッタバッタと倒して連勝街道を驀進する男「ビル・ゴールドバーグ」
その活躍をホーガンも無視しきれなくなり、ついに対決が実現します。
こんな世紀の一戦、ふつーはPPVでやる所ですが、なぜか通常のマンデーナイトロで行われたので、わたしもしっかり観ることができました。

果せるかな…、老獪なホーガンのサミング攻撃に悩まされながらも、ついに必殺のスピアータックルとジャックハマーというフルコースがバチッっと決まり、ホーガンを下してWCW世界王者を戴冠したのです。

しかし物語は2重の意味でハッピーエンドでは終わりませんでした。
そのまま173連勝まで重ねたゴールドバーグは年末のPPV「スターケード」でnWo分派のボス、ケビンナッシュと対決。
ナッシュのセコンドについたスコットホールから卑劣なスタンガン攻撃を食らってしまい、あわれ3カウントを取られてしまいます。
世界王者のベルトも連勝記録も失ってしまいました。

で、このあたりどういう経緯でそうなったのか覚えていないのですが、翌年の年始のマンデーナイトロで分裂したnWoのリーダー同士でタイトルマッチを行うことになり、それぞれ子分を引き連れてリング上でホーガンとナッシュが対峙することになります。

最初はまじめに闘うのかと思いきや、ホーガンがナッシュの胸を指で一突きすると大袈裟に倒れそのままピンフォール!
ナッシュがホーガンに王座を譲ることでいがみ合っていた両派は和解し、再び一つに団結しました。
その光景に「ふざけんな」という感じでゴールドバーグが乱入するのですが、nWo軍団にリンチされ、倒れた背中にスプレーで「nWo」と書き込まれるという恥辱を味合わされました。

この出来事は「フィンガーポーク・オブ・ドゥーム」と呼ばれ、WCWがWWFに決定的に水を空けられる原因になったと語り継がれています。
つまり最高王座の試合としてあまりにふざけ過ぎていたことと、せっかく作り上げた無敵のヒーローを無残に敗北させてしまったことでファンが離れてしまったのです。

その当時WWFとWCWはマンデーナイトウォーという熾烈な視聴率競争をしていたのですが、WCWは結果としてこれに敗れてWWFに買収されます。
最終回となったマンデーナイトロの放送ではななななんと、裏番組であるはずのWWFロウが映し出され、WCWの買収を宣言するという演出で締めくくられました。
なんともアメリカらしいドラマティックな買収劇でした。

WCWがWWFに敗れた原因は世代交代の失敗です。
せっかくゴールドバーグやダイヤモンド・ダラス・ペイジといったメガスター候補が生まれたのに、ホーガン以下元WWFで活躍したベテラン勢が幅を利かせすぎてヒットの芽を摘んでしまったんです。
逆にWWFはベテラン勢が大挙してWCWに引き抜かれてしまったので世代交代を余儀なくされ、結果としてストーンコールド・スティーブオースチン、ザ・ロックといったニュースターが育つ土壌ができました。

その後「敗戦の将」であるホーガンは再び、“ハリウッド”・ハルクホーガンとしてヒール役でWWFのリングを踏みます。
そこで組まれたのが新旧プロレス界のアイコン対決!
「不死身の」ハルクホーガン VS 「皆の王者」ロック様がレッスルマニアX8で実現しました。

試合前の舌戦も熱く、お得意のマイクでまくしたてるロック様に対し、往年の名台詞「ワチュガナドゥー?(さぁどうする)」でピシャリと制するホーガンにも痺れました。
試合はヒールのホーガンに大声援が飛び、逆にベビーフェイスであるの筈のロックがブーイングされるという異常空間に。
試合の流れも若干ロック様が浮足立っているようにも見え、大ベテランのホーガンに胸を借りる感じでした。
しかし途中でしっかりと空気を読み、悪い顔になってホーガンのベルトを奪ってムチ打ちを加えるというプロレスIQの高さよ。

ハルクアップからのギロチンドロップにも耐え抜き、ロックボトム2連発からのピープルズエルボー!!
ロックの背中からアリーナ全体にズームアウトするカメラワークが熱かった…!

試合後は和解し、お互いの健闘を称えあいながら一緒に退場する姿も尊かったです。
花道でホーガンに「後は頼むぜ」という感じで肩を叩かれ、やや俯き気味に首を振るロック様の目は心なしか潤んでいるようにも見えました。
本当に名勝負。わたしの心の中の殿堂入りNo.1の試合です。

その後人気が再加熱したホーガンはベビーターンし、当時のトップヒールだったHHHを破って6回目の世界王者のベルトを巻きます。
後を託されたはずのロック様は俳優に転身して大成功し、今やザ・ロックより「ドウェイン・ジョンソン」の方が世間的には知られている存在ですね。
その転機となったのははまさにこの一戦ではなかったかとわたしは考えています。

これは全くの私見なのですが、ロックはあの試合でレスラーとしてはどうしても超えることのできない存在としてホーガンを感じたのだと思います。
若くしてトップに立ち、子供のころからファンだったホーガンとも戦うことができて、もうプロレスはやり尽くしたと踏ん切りがついた。
そして自分が本当にNo.1になれるフィールドは何かと考えた時に、それを映画に求めたのではないかと想像しています。

……何かホーガンの訃報にかこつけてアメプロの昔話をしたかっただけみたいですね。

ホーガンの偉大さというのは、体力の落ちたキャリア晩年でも、若いスターと張り合う、どころか圧倒してしまう唯一無二のキャラクターであると思います。
Yahoo!ニュースでホーガンの訃報に関連する記事を読むと、決まって「ホーガンは猪木が育てた」「日本育ちのスーパースター」などとホルホルコメントが並びますが何だかなぁと思います。
狭い日本の枠などとっくに超越した、世界のヒーロー、それがハルクホーガンではなかったかと思うのです。
そのキャラクターをいいように拝借した日本のコンテンツ業界には反省すべき点があるのではないか……?
どこかで「アホーガン」のことを耳に挟んで、内心日本人を疎ましく思っていなかったことを切に望みます。

プロレスについて

この記事は「BOSE Home Speaker 500」でプロレス談義が横道にそれて盛り上がり過ぎたため別記事にしたものです。

学生時代、下宿にケーブルテレビが入っていて、なぜかJスカイスポーツがタダで観られ、そこでやっていたWWEの「ロウ」やら「スマックダウン」というプロレス番組をよく観ていました。
その頃はザ・ロック(ロック様)やストーンコールド・スティーブオースチンなんかがスターで、悪のオーナー、ビンス・マクマホン相手に、リングにホースでビール撒いたり、バスを爆破したりめちゃくちゃなことをやってる姿にカルチャーショックを受けました。
日本人だとTAKAみちのくとフナキのタッグチーム、カイエンタイが活躍してましたね。(でも二人ともあまり体が大きくないのでやられ役が多かったです)
週刊プロレスは大学の生協でよく立ち読みしてました。(WWEの記事が後ろの方に載っていた)

あと、埼玉テレビ(千葉テレビだったかな…?)でWCWマンデーナイトロが木曜にオンエアされていて、こちらも欠かさず観てました。
ビル・ゴールドバーグが無敵のスターで、ホーガンやジャイアントなんかをバッタバッタと倒していくのが痛快でしたね。
当時はあのホーガンがコソ泥みたいな頬髭生やして悪党にキャラチェンジしてたのがなんというかショックでした…。

日本のプロレスも、日テレで土曜深夜に「ワールドプロレスリング」(新日本プロレス)が放送されていたので、観てたこともあったのですが、ド派手なアメプロに慣れた目だとあまりに地味に見えてしまい長続きしませんでした。
あと当時のトップレスラー達(永田、中西、天山、小島など)がどうも魅力的に見えませんでした。(ごめんなさい)

就職してからは離れてしまい、しばらく観てなかったのですが、2017年ごろかな?新日本プロレスの中邑真輔選手がWWEに挑戦するニュースを目にしてから再び観るようになりました。
昔テレビで観てた中邑選手は、総合格闘技とかに挑戦して、他のレスラーが勝てないなか好成績を収めていたのが記憶に残っていますが、久し振りに見た中邑はマイケルジャクソンみたいな恰好でクネクネ動くレスラーに変貌しており、「キャラ変したんだ…」と時の流れを噛みしめることに。
でもスゴイことに、WWEではロイヤルランブルという大きな試合で優勝するほどの大活躍をし、トップレスラーの一員に上り詰めました。カイエンタイの時代からすると隔世の感がありますね。
それ自体は嬉しいのですが、なんというかWWE自体が昔ほど魅力的ではなくなってましたねー。
昔はWCWと視聴率競争でとんでもない過激なことをやってたのですが、一人勝ちして業界を独占すると安心したのか、ファミリー向けに舵を切ったようでぬるく感じられてなりません。ビートたけしに昔のようなキレたツッコミを求めるようなものかも知れませんが…。

あと、ロック様みたいな「おおっ…」と思わず後ずさりしたくなるようなスーパースターがいなくなったような気がします。(ご存じの通り映画界に行って、ドウェイン・ジョンソンとして大活躍)
未だにゴールドバーグが出てきて(でも結構イイ体)、当時のキレッキレの動きからすると悲しくなるようなジャックハマーを打ったりするのを見ると、「新しいスター育ってるのかな…?」と疑問に感じます。

逆に最近の新日プロレスは世代交代をして、棚橋弘至選手とかオカダカズチカ選手とかイケメンがトップレスラーになってますね。
実際、女性人気もかなりあると聞いています。
棚橋選手は、ファンの方には申し訳ないのですが、どうしても昔の刃傷事件が先に浮かんでしまいます。
でもその後低迷する団体を苦労して引っ張って、再び人気を取り戻すまで支えたんですよね。
オカダ選手は身体つきが若い頃のロック様を彷彿とさせるものがあり、世界的な人気を博するようになるのではと期待しています。

外国人選手は、私がたまに見ていた2000年代初めころは、冷蔵庫みたいに分厚いスコットノートンとか、総合格闘家のドンフライとかイカツイのばっかりでした。
あと、ジャイアントシルバ&ジャイアントシンとか怪獣みたいにでっかいコンビが居ましたね~。
今では日本人選手同様イケメン化の流れがあるのか、ケニーオメガ(アメリカに行っちゃいましたが)、ジェイホワイト、ウィルオスプレイなどしゅっとしたタイプがトップになってます。

試合も昔は組み合って、しばらく寝技の攻防が続いて、最後に大技で締めるみたいなクラシカルな攻防が多く、正直ビデオを飛ばして見てましたが、最近は最初から大技を出して観客を飽きさせないような展開が多いような気がします。そういう部分はアメプロ寄りになったかなと思います。
そういうこともあって、最近では日本のプロレスのほうを熱心にウォッチするようになりましたねー。
ただアメプロから入ったんで、日本のプロレスの歴史とかは全然詳しくないんです。
なので「有田と週刊プロレスと」は過去から続くプロレスの流れを分かりやすく解説してくれるのでためになります。