
さる十月五日、恵比寿にある東京都写真美術館に須田一政の写真展『凪の片(なぎのひら)』を観に出かけました。
タイトルの『凪の片』とはパンフレットによれば、
「凪(なぎ)」という風が止まる時間特有の感触に似た、日常と非日常を往還するような作家の視線が、一片(ひとひら)の写真となって降り積もっているかのような展覧会です。
なのだそうです。
今回の展示は、代表作「風姿花伝」シリーズを含む80年代くらいまでの作品群に加えて、最新未発表作品シリーズ「凪の片」を展示しちゃおうという、コンピレーションアルバムのような構成。
これさえ観ておけば須田一政のことはだいたい分かっちゃうという、便利な展覧会です。
しかし、わたしのような須田フリークにもおやと思わせる作品も展示されており侮れません。

構成
『赤い花』(展示数40点)
1968年から1975年の初期作品群。
2000年に同名の写真集にまとめられて出版された。
写真展としては初お披露目となるそうだ。
しかも写真集に収録されていない作品も見られ、興味深かった。
『恐山へ』(展示数25点)
1963年発表。
これは全く初めて観るシリーズだった。
最初期の作品ということもあり、非常に興味が掻きたてられた。
しかし、プリントが小さかったのがちょっと残念。
そしてかなり内藤正敏っぽかった。
『風姿花伝』(展示数25点)
代表的なシリーズ。
1978年に同名の写真集にまとめられて出版された。
何度も展示されていて、写真集でも見慣れていることもあり、特に感動はなし。
BLDギャラリーで50インチの特大プリントを見たあとでは尚更か。
『物草拾遺』(展示数50点)
1982年発表。
一部は『人間の記憶』に載っているが、これも初めて観たシリーズ。
被写体を単体で切り取った作品が多い。
パンフでは「即物的」と表現されている。
『東京景』(展示数60点)
今回一番展示点数が多かったシリーズ。
70年台に撮りためた膨大な東京の写真をまとめたもの。
全て初見で、これも面白かった。
しかしどういう訳か展示のされ方が他に比べて若干ぞんざいだった。
首都としての東京ではなく、生まれ育った場所としての東京が写し出されている。
『凪の片』(展示数20点)
未発表の最新作。
現在の住所のある千葉の風景をメインに収めている。
他の作品群とは急に30年も離れてしまうわけだが、特に違和感なく見れた。
しかし、人物をメインに撮ったものは一点だけ(しかも細君)
あれほど人物を撮っていたことを考えると、嗜好に変化が生じたのかなと思う。
その他
『人間の記憶』にたくさん載っていた、ミノックスで撮った写真のプリントがケースにて展示。
それからかなりの年代物と思われるカラープリントもケースで展示されていた。
◆展示自体でもかなり見応えがあったのですが、それだけのために600円を払うわたしではありません。
今日は、作家とゲストによる対談が予定されていたのです。
ゲストはブックデザイナーの鈴木一誌氏。
『人間の記憶』を手がけられた方と聞き、興奮します。
そこで正午ごろに受付に行き、整理券を受け取りました。
番号10番。
ヨッシャ!と思うのと同時に、70人のキャパが埋まるのか心配になりました。
しかしそれは杞憂、15時からの開場15分前になり1Fの会場前に行くと、ズラズラと並んでいます。
10番なのですぐに案内されましたが、どこに座ろうか悩みました。
対談席の真ん前が空いていましたが、それは憚って、中央の後方よりに座りました。
定刻になると会場はぎゅうぎゅうのスシ詰め状態となり、先生の人気ぶりが実感出来ました。
やはり年配の方が多かったですが、若い人もチラホラ見ました。
女性よりは男性が多かったです。
現在ドキュメンタリーを撮っているそうで、ビデオカメラも入っていました。
そのドキュメンタリー、出来たらぜひ観てみたい。わたし写ってるかな?
須田先生と、鈴木さんが入ってきます。
なんか数年前に見かけたより元気に見えました。
御年70を超えていらっしゃるはずですが、頭も黒黒としています。
対談は鈴木氏がインタビュアーとなる形で、『人間の記憶』編集当時のことや、雑誌連載を振り返りながら進められました。
対談中、鈴木氏が色々と須田一政の作家性について定義しようとしているのに対し、先生の方はそれを否定はしないものの、「ただ撮っているだけ〜」というクールな立場のように見え、そこが面白かったです。
アレヤコレヤ考えながら撮るのではなく、ガーっと撮って意味はあとから考える(あるいは評論家に任せる)というのが実際のところのようです。
今でも一週間に100カートリッジくらい撮られるそうで、意欲に衰えは見られません。
内藤正敏先生と飲んだというこぼれ話が出て、はっとします。
須田先生と内藤先生。どちらも好きなのですが、ふたりともモチーフや表現に共通点が感じられ、影響しあっているのではと睨んでいたのです。
内藤先生は機関銃のように話されるタイプだそうで、饒舌な写真集のあとがきから受ける印象とピッタリで、思わず笑ってしまいました。
須田先生は寡黙なタイプなので、そこは対照的ですね。
スライドを使って、最新作『凪の片』の解説がありました。
須田先生はユーモアのある方で、一作一作解説するたびに聴衆から笑い声が漏れていました。
最近ハマっているのは、「踏切」と「マネキン」らしく、「千葉のマネキンは東京のとは一味違う」というコメントに爆笑。
最後に質疑応答。
何度も聞き返しておられる場面があり、お耳が遠いなという印象。
質問も要領を得ないものが多かったです。
その中で、「人物を撮影する際に許可を得ているのか」という質問におおきな関心を覚えました。
答えは「取ってない」
やっぱり!
というのも、写真集を見ていると立小便しているところを後ろから撮ったものが結構あり、絶対許可取ってるわけないよなァと以前から思ってたのです。
クレームを言われた場合は耳が遠い振りをしてやり過ごすのだとか…。
往年の疑問が氷解したので、さらに立小便姿を撮る意図を質問しようかとも思いましたが、あまりにも悪目立ちしそうなので止めました。
2時間のプログラムでしたが、あっという間に過ぎていきました。
良かったです。
◆1Fのミュージアムショップ。
ここには大量の写真集が販売されているので、東京都写真美術館を訪れた際に立ち寄るのが大きな楽しみとなっています。
早速Getしました、『凪の片』のカタログ

お値段¥2,800+税
これは良心的な価格だと思います。
しかもサイン入りを手に入れられてホクホクです。

さて、たぶん展示会に合わせて須田先生の写真集が取り揃えられており、目を楽しませてくれました。
『角の煙草屋までの旅』は喉から手が出かかったのですが、今回は見送り。
¥5,040
(出せなくはないが…。いや無理だ)
目を惹いたのは、アキオナガサワパブリッシングから出ている『Early Works 1970-1975』
風姿花伝以前の作品を集めたもので、レア度の高いもの。
しかも5種類のイメージカバー、サイン&ナンバー入、ハードカバー、スリップケース入と至れり尽くせりの豪華本です。
お値段、¥21,000
高ーーーいッ! 高すぎます。
アキオナガサワパブリッシングからは他にも、『1975 三浦三崎』という『風姿花伝』に収録された、あの有名な蛇の写真とそのバリエーションを収めた大型本が置いてあったのですが、こちらもお値段、¥18,900
高いッ!!!
『Early Works 1970-1975』の方はまだ、250Pもあり、高いといえど納得出来ないこともないです。
しかし『1975 三浦三崎』はたったの6P
1P当たり¥3,150ですか?!
ファンとしてはどんな形でも世の中に出ることを歓迎しないわけにはいきませんが、これでは一部のコレクターのみにしか手が届きません。
ライトな層とはますますかけ離れていって、一部のマニアの趣味になっていってしまうような気がします。
かと言って、普通の値段で売って何万部も売れるかといえばそうではない。
まさにブートレッグCDと似たような構図。
なので批判することは出来ませんが、もっと庶民に手の届きやすい値段で売って欲しいというのが偽らざる本心です。
その他に気になった本は、牛腸茂雄の『こども』と『見慣れた街の中で』の新装版。
鈴木清の『流れの歌』の新装版。
それから洋書で、Bernd & Hilla Becherの“Stonework and Lime Kilns”という本が気になりました。
訳せば「石造物と石灰窯」となりましょうか。コンクリ工場やコンビナートの写真を集めた作品です。
作者は、あとから調べたところ、ドイツ人の夫妻のようでした。
しかしこれも一万円以上したので手が出ず。
◆カタログから、展覧会で印象に残った作品を引用させてもらいたいと思います。
まずは、今回初めて観た、最初期のシリーズである「恐山へ」

シリーズの中では、この着物の女の子たちが何故かジュースを捨てている作品が特に気に入っています。

イタコを撮った写真も黒黒として凄い。
この時の話として、当時夫人を亡くされたばかりだった写真評論家の田中雅夫氏が同行し、イタコに夫人の霊を降ろしてもらったそうです。
しかし、イタコの口から語られた夫人の言葉は何故か津軽弁で、まったく聞き取れなかったそうです。
笑っていいのか悩むエピソード。

次は、「物草拾遺」から。
左下のお嬢さん。
まさかこの日の奇天烈な格好が永く写真史に残るハメになるとは思ってなかったろうなぁ。

右の写真。
一見、樹の枝が邪魔なようですが、無ければ相当単純な写真になっていたはずです。
須田先生のバランス感覚の真髄を見たような気がする作品。

「東京景」から。
右の写真の少女たちの爽やかな表情が素晴らしい。
左に老婆を持ってきたのは狙ってのことでしょうか…。

最新作「凪の片」から。

画面の下に小さく少女の姿が写っていますが、撮った時には気が付かなかったそうです。
え〜、スゴイ。ホントですか?
空と海の大きさを表すうえで劇的な効果をもたらしています。
そして今ハマっているという踏切。
まるでこの世とあの世の境のような、異様な雰囲気を作り出すことに成功していると言えないでしょうか。
