■今日も夫婦やってます 南Q太
プライムリーディングで手に取った一冊。
南Q太という漫画家は名前は何となく知っていたが、苦手なタイプの絵柄なので読んだことはなかったです。
これはエッセイ集で、ステップファミリー同士がくっついて、色々ありつつ生活を始めてから一年経過する位の様子を綴ったもの。
最初は旦那さんとの関係がギスギスしてて、「大丈夫か~?」と不安になりますが、次第にソリが合ってきて家族としてのまとまりが出てくる様子に心が温まります。
飾らない、そっけない文章だけど、やはり漫画家だからなのかテンポよくスルスル読ませるものがあります。
この本をきっかけに漫画の方を手に取ってみたけど、やはり苦手でした。
この人のエッセイをもっと読んでみたいです。
■現代台湾鬼譚 海を渡った「学校の怪談」
本は紙派でしたが、このごろようやく電子書籍も買うようになりました。
これはその嚆矢となった一冊。
かねてから怪談とか都市伝説の発生メカニズムに興味があり、下のような本を読んできました。
- 妖怪の民俗学: 日本の見えない空間 宮田 登
- 怪談の科学 幽霊はなぜ現れる (ブルーバックス) 中村 希明
- きつねつきの科学: そのとき何が起こっている? (ブルーバックス) 高橋 紳吾
この本もその興味に沿って手に取った一冊です。
Kindle版が¥2,640もするので手が出なかったのですが、半額セールがあり、ちょうど会社の福利厚生でGETしたアマギフがあったため、初めて電子書籍をポチりました。
幽霊が見える陰陽眼や、八字(バーツ)など、日本にない台湾固有のオカルト要素が興味深いです。
それでいながら植民地時代の名残も色濃く残っており、それが日本の「学校の怪談」が台湾で広く受け入れられる土壌となっていることが示唆されます。
電子書籍で良いのは、キーワードで全文検索が出来るところですね。
あと紙の本だと傍線を引くのに躊躇してしまうのですが、電子書籍なら抵抗がないところです。
この本には鋭い洞察を含んだ一節が多くあり、その機能が大変役立ちました。
下はその一部です。
固定化した社会制度は、往々にして怪談を生むもととなる。
学校というのは、例年同じ行事が繰り返される円環的な時間が流れる一方で、子どもたちは入学から卒業までという直線的な時間を生きるのを余儀なくされる。
■全国版 あの日のエロ本自販機探訪記 黒沢 哲哉
寂しい辻にひっそり立って、誘蛾灯の如く青少年を誘ったエロ本自販機。
昭和生まれのおじさんなら後ろめたさと懐かしさを覚えるに違いありません。
インターネットが普及した現在において、その歴史的使命(?)はとっくに終えているハズ―――。
なんですが、まだ稼働しているエロ本自販機が存在するそうな。
そんな「絶滅危惧種を記録せねば」という謎の使命感に駆られたライターが車で全国を回って収集した労作です。
この本、ブックオフで手に取って面白いなと思ったものの、買うのはちょっと憚られてスルーしてしまった過去があります。
しかししばらくしてからフツフツと欲しくなり、調べたらプレ値が…。
結局定価¥2,200に対して4千円近く払って拾いました。
データブック(何の役に立つというんだ?)に加えて、エロ本自販機探しのノウハウ(そのスキル要る?)、さらにはエロ本自販機業者との対談(これはちょっと興味深い)と読み応えたっぷりの内容です。
個人的に推しなのは写真の美しさ。
ロードサイドにつつましく佇むその姿に滅びの美学を感じます。
エロ本自販機に感動させられてくやしい!
実家のそばにあったエロ本自販機が載ってるかなとページを繰ったが載っていなかった、さびしい!
■「粘膜」シリーズ 飴村 行
「粘膜」シリーズは、飴村行による粘膜人間~粘膜大戦までのホラーシリーズ6冊ですね。
その最初の3冊を読みました。
友人に勧められてウォッチリストに入れていたのですが、書評を先に読んでエログロ系のようなのであまり気が進まなかった本です。
友人は心酔していて大勢に薦めているようですが、読み手を選ぶようで、「こんな本を本棚に置いておくことすら恥ずかしい」とまで言われたそうな…。
しかしKindle版が突如として大ディスカウントされ、粘膜人間が¥604⇒¥134、粘膜蜥蜴が¥653⇒¥145、粘膜兄弟が¥814⇒¥162で売られていたので、好機を逃さずポチりました。
合計でも¥441
期待外れでも痛くない価格だし、本棚に置いておくのが恥ずかしい内容でも電子書籍なら恥ずかしくありません。
その前に本棚には「あの日のエロ本自販機探訪記」が鎮座していて、これ以上恥ずかしい本はそんなにないはずですがー。
一作目「粘膜人間」
「人体破壊描写を書きてェ~ッ!」という作者の願望剥きだしでとても良いと思います。
漫画太郎のマンガを活字にしたらこんな感じだと思います。
しかしながら脳筋なだけじゃなくミステリー要素もあってナカナカ読ませるものがありました。
二作目「粘膜蜥蜴」
二作目以降は河童は登場しないのか…。ちょっと残念。
その代わり「ヘルビノ」というトカゲ人間が登場します。
今回もスプラッター描写てんこ盛りですが、よりミステリー要素が強まり、漫画太郎というよりは諸星大二郎味を感じます。
ラストのどんでん返しは衝撃。
これを知ってから作中のトカゲ人間の富蔵とのやり取りを振り返ると、気持ち悪さが半端じゃないですね。
三作目「粘膜兄弟」
フグリ豚という謎の豚をフューチャーした一作。
前二作が傑作だったせいか、凡庸さを感じてしまいました。
兄弟というのは粘膜シリーズに通底するテーマのように思えます。
その相克が前面に出た作品です。
■ヤンキーと地元 打越 正行
一目で頷きたくなるタイトルです。
「ニワトリと卵」と言い換えても良い。
スガシカオの「ヤグルトさんの唄」で描かれていた荒れた中学校の姿は、70年代末から80年代初頭にかけてのことです。
しかし私が中学、高校と過ごした北九州では、他の地域ではとっくに絶滅したと思われる、リーゼント・短ラン・ボンタン姿のコッテコテのヤンキーが90年代に入っても闊歩していました。
ソイツらは下校時間になると校門の周囲に陣取って、真面目な学生にヤキを入れたりカツアゲしたりと、とんでもない迷惑な存在でした。
奴らが身に着ける、私からすると珍妙としか思えない変形制服は、先輩から買わされたりして代々受け継いでいるようでした。
北九州市といえば毎年成人式の派手な衣装が報道されますが、昔からトウトウと流れるヤンキー文化があるようです。
なので「地元こそヤンキーを育むインキュベーターである!」と喝破する本だと期待していたのですが、意外とそうでも無く…でした。
著者の打越正行は、一昨年白血病で早世してしまったのですが、ヤンキーのパシリになったり、一緒に解体業者で働いたり、キャバクラで盛り上げ役になったりと体当たりのフィールドワークが「激レアさん」でも取り上げられた社会学者です。
こういう対象に飛び込んで行う調査手法はエスノグラフィーと言うそうです。
ヤンキーとの交流は実に20年に及んだそうで、その結晶である本作は大変な労作だとは思うのですが、「そこまでやるほどの価値のある対象なんか…?」と思わなくもないです。
本の内容はヤンキー達との交流の記録をズラズラと羅列したもののように思え、読み始める前に予期していたようなヤンキー誕生のメカニズムみたいな話は全くありません。
Amazonのレビューではおおむね高評価を得ているようなんですが、たまに低評価をつけている人もいて、私と同じように理論的なものを期待してたがそうでないことに当惑しているみたいでした。
とはいえ、沖縄という日本の辺境のヤンキーの話を日本全国のヤンキーに敷衍するのが簡単でないことは想像できます。
人がヤンキーになる過程を試験管みたいに再現できるはずも無いので「これがヤンキーになる仕組みです」などと無責任に言えるはずもないかなとも思います。
ではこの本の意義は何かと言うと、ヤンキーの思考様式に触れたり、沖縄の置かれているよんどころない事情を垣間見ることができることではないでしょうか。
迷惑だった思い出しかないヤンキーですが、それでも彼らに興味があるのは、社会のルールとは別のルールの中で生きているように思えるからです。
私は社会のルールより身内の論理を優先するところにヤンキー性の萌芽があると予想しています。
それは組織が陥りやすい罠です。
外部には狂暴性を発揮するヤンキーが、先輩からの暴力を受忍するというのは彼らの論理の本質に触れる部分で実に興味深いです。
作中で何度も繰り広げられる、国道58号線(ゴーパチ)を舞台としたヤンキーと警察との小競り合いは、警察組織とヤンキー社会とは鏡の裏写し。
通底するものがあることを暗に示しているように感じられました。








































