最近イングリッシュ・マフィンがお気に入り。
投稿者「jidou」のアーカイブ
最近のフィルム
タリスカー
前回にひき続いて、お酒のエントリー。
お盆休みなので、ついつい飲んでしまいます。
で、前回買おうか悩んでたタリスカーをついつい買ってしまいました。
■香り
あまりない。
ふつうのスコッチ程度のピート香。
ちょっと物足りない。
■味
すごく辛い。
アルコールとは違った辛さ(「スパイシー」と評される)
さっぱりした後味。
チーズをおつまみにしたい感じ。
何というか、太い筆で一気に書いた書画というか。
潔さ、男性的、そんなイメージですね。
しかしわたしはボウモアのほうが好きだなぁ。
いや、飲むたびに、これこそ最高のウィスキーではないかと思うようになってきました。
派手すぎず、アッサリしすぎず、中庸の美というか。
何度でも杯を重ねたくなる魅力があります。
今日も適当なところで止めなければ…。
あ、かなり酔って書いています。
ボウモア
アルコールに対する嗜好も年齢とともに変化していくもののようです。
大学生くらいのころは、やはりお金がないので、一瓶千円くらいの安バーボンをよく飲んでいました。
バーボンには男らしいイメージがあるので、割り材など不要とばかりに、そのままか、ロックかせいぜい水割りで飲んでいました。
(それが果てしない胃痛と頭痛の原因となっていたのですが、当時は向こう見ずだった…)
就職して小金が出来ると、スコッチなどにも手を出し始め、だいぶ前ですがラフロイグを買ったことなども日記に書いたような気がします。
で、これが最近になるとほとんどその道の追求は止めてしまい、別の道の追求、経済性の追求と相成ります。
そう最近はもっぱら焼酎甲類で凌いでおります。
もはやアルコールを通じた知識、味覚、感性の研鑽は諦めてしまい、「酒が飲みテェ!」という身体のニーズに最も安価に応えてくれる道を選ぶようになったのです。
そして、ハイボールだの、ホッピーだの、グレープフルーツだの、ウーロン茶など色々な割り材で飲むようになりました。
昔はジュースみたいだと軽蔑していたのですが、青かったです。
そもそも日本人の胃腸は、40度もある蒸留酒をそのまま受け入れるようには出来てまへん。
身体に過度の負担を掛けずに長く楽しく飲む知恵だと思います。
しかし、たまにはボトルの中の冒険をしてみたくなります。
お金が許す範囲でね。
だいぶ前置きが長くなりましたが、買ってきました「ボウモア12年」
新宿の「やまや」で。お値段は税込みで¥3,066
う〜ん、高いナァ…。
しかし一緒の棚にあったラフロイグは四千円以上もしていた。
前はもうちょっと安かった気がするのですが、円安と増税の影響でしょうか?
それにしても、「クォーターカスク」だの「セレクトカスク」だの「スモールバッチ」だのよくわからないバリエーションが増えた気がします。
手を出すとキリが無さそうなので、自分は当分スタンダード品でいいです。
同じくらいの価格帯でタリスカーという有名なのも置いてあり、迷ったのですが、正月に飲んだ味が忘れられずこっちを購入しました。
箱には、「ピートの煙ったさにほのかなレモンとハチミツの香り」(意訳)と書いてあったのですが、わたしに感じられるのはせいぜい軽いヨード臭。
しかしラフロイグのような正露丸汁ではないです。
ほんのり甘みがあり飲みやすいです(あぁ、これがハチミツの香りか? しかしレモンが見つからないな…)
記憶のすきま
日は落ちたのに室内の温度計を見ると、37度という画期的な数値を指し示しています。
今日は夏祭りがあちこちで行われていて、窓を開けていると祭り囃子が聞こえてきましたがもう止みました。
さて今日、日経新聞の電子版で“「超記憶」を持つ人々”という記事を読んで心底羨ましく思った次第です。
要するに、何十年も前の事を昨日のことのように思い出せる人たちについての記事なのですが、何十年はおろか一週間くらい前のことすらも薄靄がかかったような有り様の身としては、羨ましい限りです。
わたしは、近頃とみに、人にとって真の財産、それは『記憶』ではないかと思うようになりました。
金は盗まれるかも知れないし、仕事は景気が悪くなれば失うかも知れません。
名声を得たとしても、時の移ろいとともに忘れ去られるかも…。
しかし記憶は誰にも奪われはしないーー。
と、そこまで考えてみましたが、いや、記憶も奪われますな。
それも他ならぬ自分自身によって。
個人的なふたつの傍証を。
この間、図書館でちくま日本文学シリーズの開高健を借りたのですが、すごく妙な感じがしたのです。
すごく既読感があるのですが、作品毎にそれがマチマチなのです。
- 「流亡記」確実に読んだ記憶あり。しかし別の本で読んだのかも知れない。
- 「二重壁」記憶なし。しかし、主人公が崎山からカメラを押し付けられるシーンにはすごく既読感を覚える。
- 「声だけの人たち」記憶なし。
- 「笑われた」読んだ覚えあり。
- 「ベトナム戦記よりー”ベン・キャット砦”の苦悩」記憶なしーー、かと思ったが最終段は確かに読んだ記憶がある(それは感動的である)
- 「戦場の博物誌」記憶なし。かと思ったが“ストッパー”については覚えていた。
- 「まずミミズを釣ること」記憶なし。
- 「一匹のサケ」これも記憶なしかと思ったが、「トトチャブ」のくだりでやはり読んだことがあることに気が付く。
- 「河は呼んでいる」記憶なし。
全体的に見ると、やはり以前この本を手に取ったことは確実だと思うのですが、どうしてこうも乱杭歯のように記憶がマチマチなのかと疑いたくなります。
ブログを見返すと、08年に開高について書いているので、もしかかしたらその辺りで読んだのかも知れませんが、6年も前だから忘れて当然と受け止めるべきか、読みの浅さを反省すべきか迷うところです。
次。
今日デジカメのデータ整理をしていたのですが、何かおかしい。
そうGWに行った千葉の写真が一枚もない!
パソコン中を徹底的に検索したけれども見つからない!
そんなハズないと思うのだけれど、やっぱりパソコンにデータを移す前に消したとしか考えられませんでした。
一体なぜそんな真似をしたのか、当時の記憶が無く、杳として分かりません。
ちょっと大袈裟ですが、何か無意識の隙間からハイド氏が顔を覗かせたかのような、自分の正気を疑ってしまうような出来事に感じショックでした。
それで今日はデータ救出に貴重な時間を費やしてしまいましたよ。
話はやや横道に逸れますが、まずGoogleで検索して最初に出てきたデジカメのデータ救出ソフトを使ってみました。
とりあえず、無料の体験版でやってみたのですが、デジカメのメモリをスキャンすると、おぉ! 出るではないですか?!失ったはずの画像データが。
そこでパソコンに保存しようとすると、「ここから先は有料版のみの可能です」とのメッセージが。
何か、カリントウだと思って口にしたらイヌの雲古だったかのような、非常に冒涜的なものを感じ、そのソフトは打ち捨てました。
それで、徹頭徹尾無料のものをダウンロードして使ってみたのですが、それだと部分的に復元できることにはできるのですが、不十分で、さっきまでカリントウで見えていた全てのデータが救出できない。
で別の、救出するデータが1GBまでは無料ヨ!という、非常にケチ臭いソフトを使ってみたらどうにか全て救出できました。
データもギリギリ1GBに収まり、どんなもんだと胸を張りたいような、奇妙な充実感を覚えました。
(この記事をまかり間違って開発者の方がご覧にならないことを願います)
しかし、全てとは言っても本当に全てではなく、最初に撮った方の写真、つまり小湊鉄道に乗って養老渓谷で降りるところまでのは無くなっていました。
たぶん消した後に撮った写真に上書きされてしまったのだと思います。
それでも、養老渓谷の自然や翌日の外房の海岸の風景などは完全に復元されたので、浅い傷で済んだかなと思います。
GW後に出かける予定がほとんど無かったのが幸いしたよう。
幸か不幸か分かりませんが。
<付録>房総旅行記

つげ義春が泊まったという「川の家」
直前に読んだ「貧困旅行記」に影響されて、旅先に房総を選んだ

弘文洞跡
かつてはトンネルだったが、昭和54年の5月24日未明に崩落したそうだ

泊まった、いすみスカイホテル 潮騒館
館というより小屋のようだった
中は新しく、快適だった

大原港に向かって海岸を歩く
ゴミひとつ落ちていない綺麗な海岸で感激した
波間にはサーファーの姿があちこちに見えた
最近のトピックス
身辺慌ただしく、前回の更新からだいぶ間が空いてしまいました。
忙しいのは相変わらずですが、いくつか心に残ったトピックスを書いておきたいと思います。
■”SHOGUN 将軍”を観る
あのドイツのロルちゃんも幼少期に観て、日本へのあこがれを育てたという「SHOGUN 将軍」(映画版)を観ました。
権利者には申し訳ないですが、動画サイトで…。
う〜ん、これはどうなのだろう。かなり歪んだ日本観を植え付けたような気がします。
ニンジャ!ハラキリ!!
とくにまり子の切腹シーンはどうなのーーーッ?!
女性は切腹しないでしょッ!
あと映画版はダイジェストだそうなので、筋がアッチコッチに飛んでいます。
しかしセットはかなり忠実に見え、予算を掛けて真面目に作ってる感じはしました。
なので日本人の目からだと、チョット変だけど、許容範囲かな? 一応フィクションだし。
それから宣教師(イエズス会)が悪役として描かれているのがかなり意外な気がしました。
制作がアメリカでプロテスタントの国だったからかな?
■銭湯値上げ
東京都の公衆浴場入浴料金が、7/1から460円に値上げされました。
まぁ元々450円だったから、10円上がるだけですがね…。
6月末に久し振りに銭湯に行ったら、張り紙されていて知りました。
貧乏人のわたしは値上がりする前に入れてラッキーと指を鳴らしたのでした。
■ゴールデンウィークの思い出
今年は千葉に行ってきました。
房総半島横断の旅。
内房の五井から、小湊鉄道といすみ鉄道を乗り継いで、外房の大原に抜ける。
途中、養老渓谷で自然を楽しみました。
その晩は太東埼そばのホテルに投宿。
翌日、外房の海岸をブラブラ歩いて、漁港などを見物しました。
帰りは船橋で途中下車して、温泉銭湯「紅梅湯」に寄る。
やはり旅は温泉がないと締まりませんよね。
■ジェーソン昭島店閉店
「???」
何何何?と疑問符が浮かんだことと思います。
一体「ジェーソン」とは?
あるいは「ジェーソン」がディスカウントストアであることをご存知でも、それが閉店したから何だって言うの?
ごもっとも。
これはあまりに個人的な感傷なのですが、10年以上も前にわたしがまだ学生で八王子に住んでいた頃です。
サイクリングが趣味だったので、よく多摩川沿いを走っていました。
定番のコースは聖蹟桜ヶ丘の側の四谷橋から、上流に向かって走り、立川球場、浄水場を経由して拝島橋に抜けるというものです。
で、その浄水場のあたりにあったのがジェーソン昭島店でした。
当時でも「おぉ…」と後退りしたくなるほどの粗末な店舗(倉庫みたいだった)
そして激安の商品や、他所では見たことの無いようなパッケージが山積みされていて、痛く心を動かされた思い出があります。
なにぶん貧乏学生だったもので、家から遠いですが、ここでよくリュックサック一杯に食材を買い込んで帰ったものでした。
そんな懐かしい思い出のあるジェーソン昭島店が今年の1月に閉店していたそう。
ジェーソンのHPによると昭和60年に開店し、29年の歴史だったとか。
当時の思い出の場所が、またひとつ消えて寂しい感じがします。
何か虫が知らせると思って検索してみたらこれですよ。
(と言うのには半年も遅いか…。)
URL変更
突然ですが、このサイトのアドレス(URL)を変更することになりました。
下の(旧)から(新)に変わります。
(旧)http://jidou.homelinux.net
(新)http://jidou.sytes.net
理由は、DDNSのサービス提供元の変更によります。
(DDNSとは、アドレスを元に正しい場所(ホストという)まで連れてってくれる、道案内役のようなものです)
長いこと”Dyn”という所のを使っていたのですが、有料化するとのお達しが届きまして、「タダ」であることを何よりも尊ぶ価値観を有するわたしとしては、泣く泣くお別れを選ぶしかありませんでした。
別に消費税増税に便乗した訳ではないでしょうが、何というバッドタイミング。
これこそ、弱り目に祟り目です。
新しいところは、”No-IP”という所のです。
これも将来的に有料化する可能性がなきにしもあらずですが、とりあえずタダである限りは使っていきたいと思います。
一週間後くらいに移行する予定なので、よろしかったらブックマークの変更をお願いいたします。
ここ半年分くらいのフィルム
(書評)ボクには世界がこう見えていた
年度末で忙しく、またちょっと投稿の間が空いてしまいましたが、その間に季節はぐっと春に近づいてきました。
ついにコタツを片付けましたよ。(まだちょっと早かったかな)
春になると、ちょっと頭が暖かい人が出没するとかよく言われますが、最近それ系の本を読んだので紹介したいと思います。
「ボクには世界がこう見えていた −統合失調症闘病記−(小林和彦著)」
(副題を隠せば)何かライトノベル風のタイトルで、表紙もまぁ見ようによってはそんな感じなので、気軽に手に取ってしまったのですが、内容の「ガチさ」に後退りします。
う〜ん、これは「黒歴史ノート」そのものではないか……。
著者の小林さんのプライベートな部分が赤裸々に書かれているため、痛々しさに読み進めるのが困難に感じられることもしばしばでした。
しかしこの本がすごく興味深く、底知れない魅力を湛えていることは事実です。
それはやはり著者のキャラクターと読者(自分)が重なる部分が大きいからでしょう。
大卒、読書家、理屈っぽい、オタク、アイドル好き、お笑い好き、といったよくいるタイプの青年だったのです。(最近は「真面目系クズ」とか言われる)
なので読んでいて「自分ももしかしてこうなるんじゃ…」といった漠とした不安を煽られました。
それから、その頃(80年代)の大事件や社会状況なんかにもよく言及されているので、当時の雰囲気を知る良い材料になるのではないかと思います。
とは言え、この本の肝が妄想そのものにあることは間違いありません。
1986年7月19日の「おニャン子クラブコンサート」から始まり(よくこんな細かく日付を覚えてるな…)、7月25日にXデーを迎えるまでの狂気のクレッシェンドは「ひとりパノラマ島奇談」とも言うべき極彩色絵巻の相を呈しています。
特に挿入される「おニャン子アニメの企画書」がヤバイッッ!!
こっそりライトノベルや漫画を描いたことのある、後ろ暗い過去を持つ人は読まない方が良いかも知れません。
わたしはしばらく動悸が止まらず「救心」が欲しくなりました。
著者は最初の発狂後、釧路の病院に入院します。
その後も入退院を繰り返しながら、病気と向きあう姿がスパイシーに描かれていきます。
そして現在(2011年)に至るも、まだ社会復帰は叶わないという、やや厳しい現実で締めくくられます。
しかし、読みながらかなりモヤモヤするものが…。
病気のせいなのかも知れませんが、どうも自己愛、甘えが鼻についてしょうがない。
これについては同じ大学出身で、亜細亜堂の先輩である望月智充氏があとがきで苦言を呈しています。
それでやっと溜飲が下がりました。
ですがその事を差し引いても、偏見もあるであろう病気のことを、これだけ仔細に書き残して発表したということは大変勇気あることでは無かったかと思います。
この本を読んで感じたのは、創造性と狂気にはかなり深い関係がありそうだということですね。
それは、以下の言葉などにハッキリと言い表されています。
「この時点で、自分は少し精神状態が危ないのではないかと気づくべきだったかもしれないが、別に幻覚も幻聴もなかったし、創作者としてかつてない創作意欲に満ちている、幸福な状態だと思っていた」
「薬物治療は僕をおとなしくさせたが、同時に創作者として最も大事な想像力まで奪われたような気がしてならなかった」
創作にのめり込みすぎる余りおかしくなった芸術家なんて、古今枚挙の暇なくいますからね(ゴッホとか)
もしかしたら、クリエイターの成功とは、その狂気の部分を上手くコントロール出来るかにかかってるのかも知れません。
「正気にては大業成らず」といったところでしょうか。
夢
「一月は行く、二月は逃げる」と言いますが、年が明けたと思ったのもつかの間、早ふた月が過ぎようとしています。
この期間かなり忙しく、私事にあまり時間が割けませんでした。
この頃やっとひと山越え、一息つけたという感じです。
何がツライかというと、充分な睡眠時間が取れないということ。
平均6時間くらいかな?
「充分じゃん?!」
と、ワカホリ族からツッコミが来そうですが、「足らんわ…、まるで」と言わせて貰いたい。
8時間は寝ないと、スッキリしません。
9時間、10時間、なお辞さずです。
なんか、野比ノビタのようですが、睡眠こそ最高のレジャーではないかという気がします。
だって考えてもみてくださいよ!
お金持ちと貧乏人じゃ、着るもの食べるものに一桁二桁の差があるのはザラかも知れませんが、睡眠時間にゃ大差ないはずです。
前回プア充について云々しましたが、睡眠の充実こそ近道かも知れません。
何と言っても、寝ている間はお金を使いませんからね。
寝るのの何が楽しいかというと、ひとつは「二度寝」
これはラーメンで言うなら、替え玉ですよ。
過剰な満足感とともに、「やっちまったナァ~」という罪悪感をスパイスとして味わえます。
それから、起き際の浅い眠りをウロウロとするのも楽しい。
特に遅刻と天秤をかけながらの眠りはスリルがあります。
しかし何と言っても、睡眠の最大のスペクタクルは「夢」
これに尽きるでしょう。
凄く良い夢をみると、実際に経験したことのように心に残る想い出になりますね。私の場合は。
最近では、古い温泉旅館に泊まる夢を見て、それがまるでつげ義春の漫画のような感じだったのが印象に残ってます。
とは言え、良い夢を見るというのは簡単なことではない。
私の経験からすると、長く寝たからといって必ずしも見られる訳じゃないし、体調も関係なさそうです。
望む夢が見られる技術が開発されたら、それは人類史に残る画期的な出来事になるかと思いますが、それまでは夢は幸運な贈り物でありつづけるでしょう。
さて、自分の見る夢について近頃ある発見がありました。
暇人警報が耳をつんざきそうですが、気にせず続けます。
それは夢に出てくる人物について。
この半年くらいを振り返って、亡くなった肉親の夢をよく見るので不思議に思っていたのです。
亡くなったのはだいぶ前なので、尚更でした。
逆に生きている肉親の夢はほとんど見た記憶がありません。
親しい友人も同様。
よく見るのは、高校時代の友人、前の会社の同僚などです。
「あの人いまどうしてるのかな?」
という無意識の疑問がそんな夢を見させてるのだという気がします。
夢でその人達と語らいたいという欲求を満たしているということでしょうか…?
普段はそんなこと毫も考えないので、自分自身意外な気がします。
夢の贈り物が果たせぬ再会だということに。



















