読書家を自認していたものですが、最近本を読む気が起こりません。
触れる活字といったら、ネットニュースとかマンガといった体たらくですね。
過労が身体のみならず精神にも不調をのこしていったものか……?
リハビリに軽いものをと思いブルーバックスから二冊をチョイスして注文しました。
それが「超常現象の科学」「怪談の科学」です。
どちらも何とも良いカバー。
ブルーバックスは講談社が63年から出版している科学の新書シリーズで、科学者に憧れていた私は子供のころから慣れ親しんでいました。
大きな書店に行くと、本棚の一角がブルーバックスのコーナーになっていて、興味をそそるタイトルが並ぶドラえもん色の背表紙に夢中になったものです。
私が初めて読んだブルーバックスは「真空とはなにか」というタイトルで、忘れもしない、先日紹介したドスコイさんの動画の中にもあった、真駒内のミュークリスタル2階に入っていた書店で買いました。
内容は、トリチェリとかマルデブルクの半球とかの真空の歴史から入り、後半では最新科学によるとミクロ的には真空は実は空っぽではなく、電子と陽電子のペアが常に生まれては消える場であるという衝撃の真実が明かされます。
何も無いはずの真空に、実は構造があるということに当時の私はいたく感動し、自然の秘密をもっと知りたいとブルーバックスを読み漁るようになりました。
ちなみに背表紙のカラフルな三角マークはカテゴリーを表していて、しおりに印刷されてるのですが以下の分類です。ちなみにしおりの片面には科学者の金言みたいなのが書かれてます。
- 紫‐物理学
- 赤‐数学
- 緑‐生物学
- 黄‐化学
- 青‐天文・宇宙・地学
- ピンク‐医・薬・心理学
- 茶‐技術・工学
- オレンジ‐その他
物理の本をよく読んでいたので、自然と都築卓司先生(横浜市大名誉教授、故人)の著作を手に取るようになります。
都築先生はブルーバックスでは最多の17冊を刊行されてるそうで、読者の興味をそそるユーモラスな語り口と平易な説明で人気を博していました。
著作リストを見ながら、私が読んだものをピックアップすると――
- 『四次元の世界』(69年)
- 『マックスウェルの悪魔』(70年)
- 『タイムマシンの話』(71年)
- 『はたして空間は曲がっているか』(72年)
- 『10歳からの相対性理論』(84年)
- 『10歳からの量子論』(87年)
- 『時間の不思議』(91年)
この年代の幅だけ見ても長期にわたって執筆活動されてきたことが分かります。
なかでも一番印象に残っているのは「タイムマシンの話」ですね。
冒頭、自分の乗る飛行機が墜落することをたまたま手に入れた「明日」の新聞で知り、辛くも難を逃れるというエピソードが語られます。
実際に起こった航空事故(全日空羽田沖墜落事故 66年)を下敷きにしていて、緊張感漲り、これだけでもSF小説として成立するのではないかと感じるような手に読み応えあるプロローグでした。
あと名脇役じゃないですが、永美ハルオさんが挿絵を手掛けていたものが多いですね。
コミカルな絵柄が絶妙にマッチして味わい深かったです。
他の著者で記憶に残ってるものとしては南部陽一郎(『クォーク』(81年))
ノーベル賞を獲った時には「あれ? この人の本読んだことあるぞ」と腰を浮かせました。
クォークという陽子や中性子といった原子を構成する粒子よりもさらに小さい微粒子を発見するまでの、理論・実験両面からの探究を描いた本だったような気がしますが、都築先生のような遊び心あふれる文体ではなかったため文章そのものは記憶にないですね。
もうお一人は中西襄(『相対論的量子論―重力と光の中にひそむ「お化け」』(81年))
ブルーバックスは電車の中で気軽に読めるような新書なので、難解な理論を数式を使って子細に説明するということはできません(縦書きですしね)
なのでキャッチーな側面をごく皮相的に解説する形になる場合が多いと思います。
それは当然やむを得ないのですが、それでもこの本は場の量子論という超難解な理論の成立について、一般人でも流れを彷彿とさせられるくらいしっかり書いています。
時折挿入される科学者のエピソードもユーモアがあり、名著だと思います。
今でもたまに読み返したくなり、手放さずに本棚に置いている一冊です。
こうして手元にあるのを並べてみると、カバーデザインの変遷が見て取れますね。
左から80年、89年、92年刊行のものです。
一番左のデザインが創刊当時からので、マイナーチェンジしながら、だいたい70年代くらいまで受け継がれたのではないでしょうか。
真ん中は80年代な印象。この頃ブルーバックスに触れたので、このデザインが一番なじみ深いですね。
一番右は90年代以降だと思います。この頃になるとデザインが洗練されてますが特徴的なブルーの差し色が無くてちょっと寂しいですね。
近年はさらに装丁が洗練されてるようですが、手に取る機会がありませんな。
《哀しき過去》
さてブルーバックスを小脇に抱えていた科学少年もいつしか大きくなり、大学進学を迎えたのでした。
選んだのはやはり物理学科。
「物理法則に名を冠してやるぞ」と野心に胸を膨らませてくぐった校門。
ある日、窓から池が見える大きな講堂でオリエンテーションがありました。
忘れもしない、そこで特殊相対論のコマを持っていた講師がブルーバックスを揶揄する発言をしたのです!!
それを聞いて激しい憤懣を感じたことを今でも覚えています。
しかし……、今となってはその講師が正しかったと思います。
ブルーバックスは科学入門にあたっての、言わば離乳食のようなやわやわの書物。
大学では固いパンを飲み下さなければならないと暗に伝えたかったのでしょう。
実際、数式に満ちた大学の教科書は数学の苦手な私にはかなり手ごわく、不如意のうちに科学者を目指した少年時代の夢は色あせていったのでした。
それでも挫折感をさほど覚えなかったのは、その当時パソコンとインターネットが猛烈な勢いで勃興していたことがありますな。
その魅力は物理学への憧れを吹き飛ばすものがあり、卒業後はIT企業に就職、そのまま今に至るわけです。