長野原草津口に到着すると真っ先に駅の遺失物係へ向かいます。「これくらいの緑色をした杖なのですが」と告げると、なんとあるというのです。駅員さんがタグのついた一脚を出してきてくれました。約一日ぶりの再会です。なんでも長野原草津口は遺失物の集積所となっているそうで、そのお陰でこんになも早い再会が果たせたのでした。心うきうき。それからはずっと手元から放しませんでした。
ホームに降りると、高崎行きの列車はすでに到着していました。急ぎ乗り込み、ボックスを確保します。それから発車まで、しばし退屈な時間つぶしです。友人は電子ブックを覗き込んでいました。わたしは相変わらず紙の文庫本です。この時読んでいたのは、川端康成の「雪国」 雪国の舞台は越後湯沢だそうですが、ここから行くなら渋川まで戻って上越線に乗り換え、水上を経由して一時間半ほどの所ですね。
列車はたっぷり三〇分経ってから動き出しました。次の目的地は隣の川原湯温泉駅です。とはいえ温泉が目的ではありません。目的は景勝地として知られる吾妻渓谷を見るためです。
川原湯温泉駅は一日平均利用者数四〇人という鄙びた駅ですが、無人駅ではありません。駅員に切符を見せ途中下車します。駅前に国道145、通称日本ロマンチック街道が走っています。渋川方面に少し進むと遊歩道の入口が見えてきます。渓谷にかかる滝見橋から、白糸の滝を望みます。
さて時刻はお昼時。ガイドによるとこの辺りにそば処「白糸の滝」があるはずでした。ところがいくら探してもそれらしき建物は見当たりません。というよりこの周辺に商業施設の類は一切見当たりませんでした。さては行き過ぎてしまったかと注意を払いながら、もと来た道を戻りましたが結局見つからないまま駅まで戻ってしまいました。この日快晴に恵まれたおかげで気温はうなぎ登りの暑さ。それに空腹が輪をかけて、わたしたち一行の間に険悪な雰囲気が漂いはじめていました。