長野原草津口に到着しました。時刻は二時を回っています。すぐにJRバスが駅のそばのターミナルから出発するので急いで向かいます。バスは超満員。乗客はみな瞳に「温泉」という文字を映しているかのようです。首尾よくシートを確保し、草津温泉までの最後の旅程を楽しもうとシートを倒しました。
そこでふと、脳裏に冷たい予感が走り、凍りつきます。
「忘れた!」
先ほどの車中に写真撮影用の一脚を置き忘れてきたことに気が付いたのです。しかし時はもうすでに遅し。電車は行ってしまいました。高価なものでは無いのが救いですが、後悔の味がする最後の旅程となりました。
そんな気持ちを空が知ってのこととは思いませんが、草津温泉バスターミナルの上には灰色の雲が広がっており、小雨がぱらついていました。車外に出るとひんやりとした空気が肌を刺します。東京から六時間近くかけ、いま草津温泉に到着しました。
まずは今日の宿である「ビジネスホテルアゼリア」に向かいます。そうビジネスホテル。今回の旅は経済性第一です。バスターミナルの坂を湯畑とは逆方向に登り、ガソリンスタンドの角を右手に曲がると日本ロマンチック街道に出ます。街道筋に「セーブオン」という珍しい名前のコンビニがあり、それと並んで建っているのが今回の宿です。それにしても「温泉街」という立地からも、「ビジネスホテル」という名前にもそぐわないチロル風の店構えで違和感を放っていました。入口から受付までの廊下にはところ狭しとスキーの写真が飾られています。家族経営と思しく、奥さんがキーを手渡してくれました。部屋は二階の六畳の和室で、窓からは残雪を頂いた白根山を望むことができました。