神保町

 今日は本の街、神保町に行ってきました。
 上京して十年くらい経ちますが、訪れるのはこれが初めてです。以前から行ってみたいなとは思っていたのですが、なんとなく、きっかけがなかったのです。
 重い腰を上げたのは、須田一政の「風姿花伝」を手に入れようと決心したからです。
 昭和53年に朝日ソノラマから出版されたこの本は、須田先生の初写真集ですが、すでに絶版で手に入りません。
 代わりに、古本市場で高値で流通していることはネットで調べて知っていました。
 ずっと手に入れたいと思ってきましたが、値段がネックとなり手が出せないでいたのです。
 そこでサイトにアップされている画像を眺めて、やり過ごしていました。
 
 しかし我慢は体に良くない。
 ついに俺の金をどう使おうが俺の勝手だと、半ば逆上し、実弾(たま)をいくらか用意して、戦場に乗り込んだのです。
 
 向かったのは白山通り沿いにある、「魚山堂」という古本屋です。
 なんでも写真集を専門に取り扱っているそうです。ビデオ屋の二階という非常に分かり辛い場所にありました。
 新宿の海賊版レコードショップに近い雰囲気でした。わたしが小心なせいでしょうか? 一見さんお断りの空気が濃厚に漂っているように思えました。
 うなぎの寝床のような狭い店内でした。壁一面を本が覆っています。
 入り口のそばにはガラスケースが置かれ、篠山紀信なんかが置かれていました。
 客はわたし以外には誰もいなかったので、つかつかとレジに座っている店主のところに行って、にこれこれこういう本は無いかと尋ねました。
 「ネットで見たのか?」と訊かれたので、そうだと答えると、もう売れてしまったとのこと。ガッカリ……。
 しかし、ちょっと待ってと引き止められます。海外向けにストックしている在庫を調べてみると言います。おじさんはパソコンとなにやら格闘を始めました。その間、店内を興味深く眺めていました。
 内藤正敏の「東京」が置いてありました。思わず手に取ります。いい写真集でした。さて、お値段は?と見てみると、二万円……でした。くわばら。
 突然、背にしていた方の本棚が動き出します。びっくりしましたが、可動式の保管用書庫だそう。
 その中からほうれん草色のカバーの本を取り出して来ました。ついに憧れの本との対面でした。
 三十年前の本と考えれば、カバーは日焼けも少なく、よい状態でした。ぱらぱらとめくってみると、中は汚れもなく大変きれいでした。裏には白抜きで、「1800円」
 「おいくらですか?」
 「550ドル」
 そうかあ、須田先生は海外にもファンがいらっしゃるのか。やっぱり偉大だなあ。などと思考が空回りします。
 「いまのレートが92円だから」店主は電卓を叩き、「50600…、5万円でいいよ」
 思わぬ円高の恩恵を受けることになりました。
 
 放心状態で店を後にして、しばらくあてどもなく歩いてしまったのですが、今日はもう一つお目当てがあったのでした。
 「風姿花伝」の翌年に出された「わが東京100」です。
 次に向かったのは、岩波アネックスビル2Fに京都便利堂と一緒に入っている秦川堂書店。かなりこざっぱりとした店内でした。
 レジに座るおじいさんに訊くと、店内から運んできてくれました。値段は四千円。先ほどの店に比べるとかなり常識的な値段です。これはよい買い物でした。
 
 その後は街をぶらぶらとゆっくり見物しました。
 うず高く本が積まれた店先。本当にどこにもない、独特な街でしたね。気に入りました。
 次は特に理由がなくても出掛けてしまうかも。